「第19号誤植訂正のお知らせ」
*印刷配布した第19号に、誤植がありました。お詫びして訂正します。
(1)1頁「アジア政治学会賞」→「アジア政経学会賞」、
(2)16頁奥付「第18号」→「第19号」」
学会ニュース
・去る1月25日に開かれた常務理事会で2003年度諸学術大会の輪郭が決まりました。
☆ 東日本大会:神田外語大学が主催校(実行委員長石井米雄会員、同大学長)、アジア経済研究所共催で、5月24日、神田外語大学(幕張)で開催されます。いくつかの分科会の他、「アジアはアメリカをどう見ているか」と「アジア企業のグローバル化への対応」の二つの共通論題セッションが予定されています。プログラムは4月下旬にお手元に届く予定です。
☆ 西日本大会:甲南大学を主催校(実行委員高龍秀会員、同大経済学部教授)とし同校で6月21日開催予定です。
☆ 全国大会:末廣昭会員(研究担当常務理事)を実行委員長に、11月8日と9日の二日にわたって、国立学術情報センター(東京都神田一橋)で開催されます。第一日目には、学会創立50周年記念行事として、東日本大会のテーマを引き継ぎ国際シンポジウム「アジアのとってのアメリカ」の企画が進みつつあります。
☆ アジア政経学会賞:学会は50周年を記念して「アジア政治学会賞」を設け、今年度の全国大会で第1回の授与式を行うこととなりました。選考規程については、学会ホームページをご覧ください。
全国大会参加記
☆2002年度の全国大会は、10月26-27日の両日にわたり神戸大学(実行委員長加藤弘之会員)で開催され、盛会でした。その熱心な討論の一端を今回も「参加記」という形で紹介させていただきました。
自由論題 (10月26日午前)
A.「中国現代史」 金丸裕一(立命館大学経済学部・APU出向中)
私事から筆を起こして恐縮である。関西への転勤が決まった直後、阪神淡路大震災が発生した。同年3月半ば、ちょっとした用事があって神戸へ出向いたが、その凄惨な状況に呆然としたことは、今でも記憶に生々しい。久方ぶりに眼にした町並みは、表面的には相当の回復をしたかのように見え、物事が移り変わる「速さ」を感じさせる。平素、別府という旧き温泉郷の、蔵書数なんと3万冊の大学に隔絶されて研究活動を進めている身であるから、変化に敏感でかつ喫驚する事が、もしかしたら人一倍なのかも知れないと、そんなふうにも考えてみた。しかしながら、今回の部会報告における研究発表群の内容は、復興しつつある神戸の街の光景とも相俟って、着実に世の中は変わりつつあることを痛感させてくれた。
報告は、下記の通りである。
1.三品英憲「戦後内戦期における共産党革命と華北農村社会」;
2.林幸司「中国共産党による重慶の『解放』と地域社会の関係について」;
3.泉谷陽子「中華人民共和国建国初期の国家による物資掌握過程」;
4.川原勝彦「中国国民党大陸統治末期における社会団体整理工作」。何れの内容も高水準であり、恐らくは近日中に学術論文として刊行されるであろうから、個々に対する紹介などは割愛したい。衝撃的であると私が感じた最大の原因は、四つの報告が対象とした時期であった。
「阿片戦争以降は歴史ではない」との指導に従わず、中華民国史を学び始めた学部時代を経験しているだけに、その更に100年後の出来事に対して、若手研究者が本格的に取り組む現状は、学界動向を雄弁に物語る象徴といえるだろう。加之、実証性も優れた報告が多かった。重慶・上海の公文書館所蔵史料をはじめ、努力の形跡を示唆する研究が勢揃いした様は圧巻であった。しかし、経済的限界を考慮せざるを得ない若手研究者にとって、必ずしも「档案」が勝負の切り札では無いことを証明した泉谷報告の場合、ほぼ公刊史料に依拠してはいるが、「三反五反運動」の実像が見事に解明されていたのである。
いずれにせよ「中華人民共和国史」研究が、今後の研究における焦点となることを予感させる報告が揃っていただけでなく、その背後には地道な史料蒐集と批判が確認できる。世に急増中のインターネット万能論者に是非とも聴かせたかった。こうした若手研究者の人選を進めた、西村成雄座長らに感謝申し上げたい。あわせて、各報告の早期公表を期待するものである。
B. 台湾・香港・大陸 圖左篤樹(関西大学大学院経済学研究科博士課程)
10月26日の午前に開かれた自由論題報告・台湾・香港・大陸部会では、座長の石田浩会員のもとで4本の報告が行われた。
第1報告は、大坪力基会員による「台湾の民主化の定着:権威主義体制の残滓の溶解:1998年から2001年までの重要選挙分析を中心に」である。この報告では、台湾における「民主化の定着」という問題意識から、1998年から2001年までの台湾の中央レベルの選挙を、特に台湾の民主化勢力の核を前身とする民進党の角度から分析し、台湾の「民主化の定着」(権威主義体制の残滓の溶解)の状況についての詳細な分析がなされた。報告の結論では、権威主義体制の残滓の溶解がおこる中で、今後の台湾の民主体制の方向性について指摘がなされた。討論者の天児慧会員からは、民進党の角度からの分析が果たして台湾の「民主化」といえるのかどうか、90年代の台湾のアイデンティティーのダイナミズムにもう少し着目する必要があるのではといった指摘があった。
第2報告は、竹内孝之会員による「一国両制下における統合:中国大陸・香港を中心に」である。竹内氏は、一国両制による香港返還の実現を、「統合なき統一」という分析視点から、統合論の視点から分析を行った。まず、中国大陸と台湾の経済協力の現状について触れ、関税・貿易、生産要素、経済政策といった諸側面から一国両制下の統合についての再検討が行われた。討論者らは、「統合」・「統一」の概念を整理し、中国大陸・香港の関係について再検討すべきではという指摘があった。
第3報告は、林賢參会員が「建国前夜における毛沢東の対米戦略−「黄華・スチュアート会談」を中心に−」と題し、報告を行った。主な論点としては、
1.中国人民共和国の建国前夜の「黄華・スチュアート会談」をはじめとするアメリカへの中国共産党のメッセージは、和解のシグナルであったのかどうか、
2.アメリカが毛沢東からの和解を拒んだということが中国の「向ソ一辺倒」をもたらした原因であるのかというものであった。林会員はいずれの点についても、中国共産党のアメリカへの和解を示すシグナルや行動は、毛沢東の「欺瞞工作」によるものであり、アメリカの内戦介入を防ぐための安全措置であり、対米和解の試みではないと結論づけた。討論者からは、当時の米・中・ソのパワーゲームが展開される中で、毛沢東がスターリンに対して戦略的には重視してはいるものの、スターリンに対して不安・不信感を持っていたのではないかという、毛沢東の心理的背景は一体どのようなものであったのかという質問があった。
第4報告は、劉平会員の「中国の株式会社ボードシステムの改革−独立取締役の導入と二重モニタリングシステムの構築を中心に−」である。劉会員は、現在中国の上場株式会社が取締役会へ一定数の独立取締役および委員会制を導入しているという動向に着目し、1.導入に際しての独立取締役の位置づけと役割、2.独立取締役と監査委員会と監査役会との監督・監視の役割分担について検討を行った。討論者の川井伸一会員からは、会社への監視権をどう考察すべきなのか、会長のコントロール・監査法人についても言及すべきであるとの指摘があった。また、フロアーからは、ボードシステム改革ついてどのように実証的に分析していくのかという質問があった。
C アジアの企業発展 内藤 二郎(神戸松蔭女子学院大学)
第一報告・Do Manh
Hong会員の「グローバル化の時代と企業主導型キャッチアップ戦略:ベトナムの経済刷新と企業発展」は、ベトナムのキャッチアップにおける企業の役割をミクロとマクロの両面から実証的に分析した。外資系企業の進出や民族資本系の民間企業の誕生と国有企業改革がベトナムのマクロ経済発展に大きな役割を果たしたが、その一方で市場機能が不完全であること、政府の規制が強く働いていることなどから、ミクロレベルでの課題は大きいとし、今後は情報の流動性を高めること、企業家精神を育成強化すること、企業間のリンケージを形成・強化することが当面の課題であると結論付けた。これに対し、討論者・フロアからベトナム経済研究を企業と政策を関連付けて研究するユニークなものであり、既存の資料に頼らず調査を実施している点が評価できるなどのコメントがあった。他方、先行研究のサーベイが不足していること、企業成長論や企業形態論などの理論的視点を生かす必要があること、制度・政策の変遷の内容が不十分であること、アンケートの方法と使い方に工夫が必要であることなどが、今後の課題として指摘された。
第二報告・奥田英信・斉藤純会員の「フィリピンの企業金融の数量分析:ミクロデータベースを利用した企業負債比率の推計」は、フィリピンの金融、特に企業金融の構造について、製造業企業の資本構成に注目して計量的に分析するものであった。企業構造をもとにエージェンシー理論を用い、製造業企業の負債比率の決定要因をミクロの計量分析によって検証し、その結果、決定係数は必ずしも十分ではないが負債比率については理論整合的な同符号の推定値が得られたとした。即ち、フィリピン企業の資本構造の決定を説明するのにエージェンシー理論が有効性を持つことを明らかにした。これに対し討論者・フロアからは、先駆的な研究であり理論的枠組みが明確であるとのコメントがあった。また、資料・情報の不完全性、説明変数の的確性(内生性の問題)、エージェンシー理論適用の限界などが指摘され、今後の課題とされた。
第三報告・白井早由里会員の「インドにおける銀行・資本市場改革の評価」は、インドの経済改革における資本市場について、91年以降の銀行改革および証券改革が融資パターンにどのような影響を与えているかについて、5000社におよぶインドの民間企業の詳細なデータを用いて検証するものであった。約10年に及ぶ改革によって、企業のパターンによって特徴が現れてきているが、株式市場が未成熟で銀行の力にも限界があることなどから、総合的に見た場合には大きな傾向を見出せるまでには至っていないとの結論を得た。討論者・フロアからは、日本では珍しいデータを用い、資金調達が多様化していく過程での制度改革から実証分析へつながる貴重な研究であるとのコメントがあった。また、企業金融のパターンが改革によって具体的にどう変わるのか、インドの金融の歴史的重さを鑑み、財政との関わりにおいて、健全性規制と財政改革はどのような意味を持つか、投資活動にどのような影響が考えられるか、などの質問が出された。
第四報告・白石麻保会員の「中国郷鎮企業民営化推進に関する農村幹部及び企業の目的と合理性:計量的アプローチ」は、1990年代を通して中国の郷鎮企業の経営目的と行動様式がどのように変化してきたかについて検証し、特に民営化とどのような関係があるかを分析するものであった。江蘇省無錫市での調査データを事例に郷鎮企業の経営・雇用等について計量分析を行い、郷鎮企業の経営目的は1990年代後半には利潤最大化を行う企業と同様の傾向がみられること、民営化に伴う雇用形態の変更や賃金形態の切り替え・リストラなどが、民営化を実施した郷鎮企業の経営目的の変化に対応した経営手法となっていること、さらに、民営化は郷鎮企業がコミュニティー企業から脱して市場競争の中で利潤最大化行動ができる制度基盤の強化策であると捉えられるなどの点が指摘された。これに対し討論者・フロアからは、民営化問題が「調査−理論モデル−実証分析」きちんとした構成で分析されている、過少雇用を発見した点が面白いなどのコメントがあった。併せて、生産関数の推計の方法やパラメータが本稿の主題から外れているなどの理論的フレームワークの問題点や、過少雇用を説明するのは民営化以前の問題であり、モデルと結論の関連性が薄い点が課題として提起された。
以上4名の会員による報告は、対象地域・内容・分析方法のすべてが異なっており、多様性に富んだ内容のセッションであったとの印象を持った。一方、報告者全員がデータの制約を研究上の課題として挙げており、途上国の経済分析における統計データ入手の難しさと重要性を改めて感じたと同時に、細かい調査等を通じて地道に資料・情報を収集し、丹念に実態解明を進めていくことが、アジア研究を行っている我々研究者全員に与えられた大切な課題であると再認識させられた。
D 政治と文化 余 項科会員(静岡県立大学)
岡通太郎会員の報告1「インド「白い革命」の再検証」は大量のデータを駆使して、「白い革命」と呼ばれた酪農発展の状況、とりわけ酪農技術の普及の実態を明らかにしようとするものであった。報告2「インドにおける地方レベルの民主化」では、北川将之会員は図表に依拠しつつ、地方レベル(県以下)の民主化を左右する要因を究明しようと試みた。二つの報告に対して、コメンテーターの井上恭子やフロア−から質問や意見が出た。そのなか、経済発展と社会統合、そして中央―州関係を、パンチャーヤット選挙実施を左右する要因として取り上げて良いが、しかしそれらはパンチャーヤット制度およびその実施過程とどのように関わり合ったか、という指摘もあった。
報告3「中国文化大革命における教育達成のパターンと過程」では、谷川真一会員はイベントヒストリー分析法を用いて、高学歴両親やエリート幹部より、「革命幹部・軍人」の子女こそが高校・大学への進学率が高かったという状況を立証し、教育達成過程における政治的資源の重要性を強調しようとした。楊麗君会員の報告4「文革期における派閥と集団的暴力行為」は公民権とハーバーマスの公共圏理論を導入し、文革期における公民権の配分およびその獲得競争を分析しようとする制度論的研究であった。両者に対して、討論者菱田雅晴やフロア−から、「革命幹部・軍人」や「公民権」などの概念について集中的に質疑した。報告4は斬新的なアプローチであるが、しかし「批判的機能」と「コミュニケーション」、そしてその前提たる「公私の対立構造」というハーバーマスが最も強調した特徴をもつような公共圏が文革期中国には存在したか否かは疑問となる。また「公民権」の獲得過程・運動形態が競争的なのか闘争的なのかも再検討すべきではないかと思われる。
四人の若い報告者とも、その進取の気概がたいへん印象的だった。
E アイデンティティとネットワーク 野口 博史 (南山大学)
本自由論題では4件の報告が行われ、若林正丈会員、岩崎育夫会員によるコメントの後、討議が行われた。
林泉忠会員は、政治的周辺性、国家に対する帰属変更、地域に対する独自のアンデンティティ保持という3つの観点から台湾・香港・沖縄の共通性を見出し、これを「辺境東アジア」と名付けた。
陳天璽会員は、通常「華人ネットワーク」という概念が想定していた排他的なエスニック共同体的特質が華人実業家には当てはまらず、2例の面接調査を通じて個人的繋がりの重視、関係の柔軟性、ゲゼルシャフト性といった特徴を指摘した。また、華人実業家の「アイデンティティ」のあり方を、海域・労働・被差別、観察者の視点、アイデンティティの多元性によって織り成される「虹のメタファー」によって説明した。
林報告に対しては、第二次大戦後の東アジア世界における米国の存在や経済的要因を考慮すべきというコメントが、陳報告に対しては華人実業家に対する新しいイメージの提出を評価すると共に概念の精緻化が求められるというコメントがそれぞれ寄せられた。
李賢映会員は、金大中政権による韓国の日本大衆文化開放政策を、ロバート・パットナムの対外政策分析枠組である国際場裡と国内場裡の「2レベル・ゲーム」を用いて検討し、同政権が日本大衆文化というイシューを安全保障から経済・文化競争に再定義したことで支持基盤を損なわずにこの政策を成功させた、と論じた。
中村都会員は、シンガポールの工業化に関連する言語、教育、人口、住宅等の人的資源に関する諸政策が実利主義、業績主義という共通点をもっていることを指摘し、こうした国家コーポラティズム政策が長期的には政治的停滞に繋がりうることを示唆した。
李報告に対しては、方法論の独自性や民主化と当該政策のタイムラグ等に関する質問が、中村報告に対しては実利主義、業績主義の関連や代替策等についての質問が寄せられた。
前2報告はアイデンティティ、ネットワークといった不定形ではあるが、地域や国家の政治的安定に影響を与える事象を、新たな概念創出によって説明しようとする優れた試みであり、後2報告はポピュラーな事象に新たな分析枠組を適用することでより包括的な事象説明を行いえた研究である。
分科会(10月26日午後)
分科会1 グローバル化時代のアジアの教育 三好 章(愛知大学)
本分科会では、押川文子会員(国立民族学博物館)を座長に、三好章(愛知大学)「中国教育の現状−『素質教育』を中心に」、鳥井高(明治大学)「マレーシアにおける高等教育改革:マレー人育成から工業化人材育成へ」、森下稔(東京商船大学)「タイにおける『仏歴2542(1999)年国家教育法』による教育改革:国民教育におけるグローバルインパクト」の3本の報告が行われた。
中国を扱った三好報告では、1990年代以降、概念の曖昧な「素質教育」が人材の選別機能を果たし、世界の趨勢では普通教育にシフトしているのに、中国では職業教育に比重を置く中等教育段階で顕著であることを述べた。マレーシアを扱った鳥居報告は、独立以後進められた「マレー人育成」の方針が非マレー人の社会的要求と矛盾し、1980年代以降の民間部門の高等教育への参入でそれを一部放棄したものの、今度は高等教育課程でのマレー語の比重が低下し、政権にとって課題となっていることが指摘された。タイに関する森下報告では、1994年以降はグローバリゼーションを意味する「ローカーピワット」という語が頻繁に用いられ、従来のナショナリズムが減退したように見られるが、それはグローバリゼーションと表裏一体をなす新たなナショナリズムであることが指摘された。
これらの報告に対して、杉本均会員(京都大学)の代表討論が行われ、従来、教育が担ってきた国民統合の形成がグローバリゼーションによって阻碍される可能性があること、よって各国の対応はそれを押しとどめる方向に働くことが指摘された。中等教育が普通課程に集中しつつある世界の趨勢に対して職業教育にシフトしようとする中国の動きはその一例であり、マレーシア国家の維持のための経済、人材育成の上で起きたミスマッチへの対応としてとられた民間部門の高等教育参入が、外国語教育や外国人教授を通してアイデンティティ=クライシスを引き起こす危険性があるとした。またタイでは、1999年の国家教育法自体がナショナルな教育を前提としており、ローカリゼーションとグローバリゼーションとの間に、新たにナショナリズムが復活するのではないか、との指摘があった。
座長の押川は、この分科会での報告は、教育におけるグローバリゼーションへの国家のリアクションであり、国家の論理と教育の論理とが重なっていると述べ、国家による教育制度の改革を相互の比較することの困難さと意義とを指摘した。
分科会2「開発と地域経済の変化」 北原淳(名古屋大学)
まず、座長(北原淳)より、アジアの工業化・経済発展にともなう都市経済の発展と農村経済へのインパクトの共通点を明らかにしてみたい、との主旨説明があった。座長は、タイの事例しか見ていないが、グローバル化した経済が都市および周辺農村の工業化・都市化をもたらし、これが農村を市場関係に巻き込み、しかも農民・農村住民がこれを肯定的に受け止めている。これはとくに東アジアに顕著だが、このような事実をふまえた開発の運動論や政策論が必要だ、とした。
第1報告者の佐々木信彰会員は「中国における都市―農村関係の現況」というテーマで、都市―農村の経済関係の過去と現状の主要な特徴、および、東部沿岸のケースとして、最近の上海の資本蓄積と労働市場の特徴を報告した。その要旨は以下の通りである。
過去の毛沢東時代には戸口制度により都市と農村を分断し、農業の集団化と自給自足により農業剰余を工業と都市に移転する政策がとられた。しかし、79年以降のケ小平以降は、農業集団制性を解き、食料を自由化し、戸口制度も緩めて農村労働力を都市に移動させ、地域格差にもとづく低賃金を利用しながら、工業で剰余を生み出し、経済発展をはかった。その結果、東部沿岸都市部の発展は著しいが、中西部内陸部との地域的格差や全国の農村内部の階層格差を拡大させた。東部都市の上海をケースにとってみると、その行政区域を拡大させながらも都市戸口を維持して、周辺華東地域を中心とした流入農村労働力を差別し、それを流動的な低賃金層にとどめ、工業部門の剰余を増大させている。しかし東部地域全体の経済水準は向上し、一人当たりGDP、輸出額、直接投資額等の点で中西部との差を広げている。こういう地域内および地域間の重層的な格差拡大構造をもちながら都市の工業部門中心の蓄積が進んでいる点が強調された。
第2報告者の宇佐見好文会員は「経済改革後のインド農村の経済変動:就業構造変化を中心として」というテーマで、人口センサス、NSS農村就業調査等の統計データを利用しながら、90年代以降の本格的な自由化によって、都市中心の雇用成長が進みながら、農村就業構造が上層農を除いて必ずしも改善されず、階級間格差がある状況を報告した。その要旨は以下の通りである。
農村部の就業構造の多様化は進行したが、約半数が臨時雇用で、常雇、自営業が少ない。各州の都市の非農業部門の生産成長率と農村部の非農業人口の増加とはマイナスの相関関係にある。その理由として、都市の非農業部門の成長が農村部雇用に波及せず、むしろ農村部の農村工業や家内工業を衰退させている、伝統的部門から近代的部門へのシフトがむしろ農村部雇用を減らした、農村から都市への人口移動が生じた、等が考えられる。農村部就業構造の変化の特徴として、自営農業世帯の比率が低下し、非農就業世帯が増えたが、土地なし層では農業労働から転じた臨時雇いがふえ、2ha以上層では非農自営や非農常雇いがややふえた。この非農就業部門の就業の差は教育水準によるが、同時に、階級やカーストによる就業機会の差にもよる、とみられ、下層農の地域間・職業間のモビリティーは低い。農家の非農就労化は階級的なモビリティー格差を伴っている。
第3報告の中西徹会員は「都市化:経済発展と社会変容―マニラの貧困と社会慣習」というテーマで、自らのマニラの三地域のスラムの1985年、1994年、2000年の全戸調査のオリジナリティーの高いデータ分析によって、スラム地域の就業、所得等の変化について報告した。その要旨は以下の通りである。
労働力の移動は、首都圏と準首都圏の間の相互移動、最貧低所得地域、中所得地域から首都圏への出稼ぎという特徴をもつ。マニラのスラム地域は最貧地域農村の低所得層の流入が多い。ただし、スラムの定住者の貧困線はこの15年間で低下傾向にある。さてマニラの一人当たりGRPを例にとると、93年、98年等の政治的・経済的危機の時に下落した。こういう景気後退期に、スラム住民は、親族等の社会資本を不況のショックのバッファーとして利用したが、国家の景気対策はこういう最貧層自らの対応をマイナスにしてはならない。さて、マニラのスラムのなかで民衆自身の不況のセーフティーネットとなる社会資本として注目されるのは、儀礼的親族関係である。この親族関係は、最近では過去の狭い出身地やコミュニティー内の人物だけでなく、市内や首都圏の人間へとネットワークが拡大している。金貸しや職業紹介等の儀礼親族による援助の機能は、不況期に活発となる傾向があり、経済的な危機の際には、こうした社会資本が都市の最貧層にとってもっとも有効に機能することを示す。
コメンテーターの田坂敏雄会員は詳細なレジメにもとづいて、報告者の関連業績をも含めて、報告の要旨をまとめたのち、次のような質問をした。
第1報告について、(1)戸口制度を緩めると、古典的な過剰都市化現象が起きるか、(2)
直轄市、計画単列市、省轄市、その他等、都市序列の特徴は何か、(3)単位社会は消えるか、(4)なぜ中国の都市は工都という共通性をもつのか、(5)都市内の階層的二極分解は進むか、(6)広域移動は過剰都市化段階と同じ論理か、等を質問した。第2報告について、(1)都市の変化のグローバルな要因をどう考えるか、(2)農村・都市間の移動は90年代にどう変化したか、(3)儀礼的親族関係は地域によって違うか、(4)儀礼的親族関係は市場の機能を補完するにすぎないのではないか、(5)都市雑業層の背後の経済構造がかつてと変わりつつあるのではないか、等を質問した。第3報告については、(1)農村部の過剰人口が増大したという指摘はわかるが、雇用機会の創出の分析が足りないのではないか、(2)90年代の成長は農村部非農部門の機会創出を生み出したのか、生み出さなかったのか、(3)農村部は貧困化が進み、過剰人口が増加し、滞留が増えただけのか、等を質問した。
これに対して部分的な回答がなされたが、これをふまえると以下のような点が確認された、と思われる。(1)三報告は、工業化中心の開発が都市=農村関係の市場関係に与えたインパクトのうち、とくに労働市場へのインパクトに収斂した、(2)そのインパクトは外的条件(外国資本の投資の空間の広狭やその深度)、内的条件(都市・農村間の移動の難易度、農村労働力の過剰・不足度)による、(3)都市の外資による工業化の度合いというプル要因が規定的だが、農村(とくに下層農の)労働力の質、農村部の産業構造や産業連関、等のプッシュ要因もまた移動を規定する、(4)古典的な二部門間移動を超えるこうしたアジアの新状況をふまえた多変数的な都市=農村間の労働市場の構造モデルを必要としている、等である。
分科会 3 「民族・宗教対立と地域紛争」 広瀬崇子(大東文化大学)
本分科会は、アジアにおける地域協力の発展を阻む要因のひとつとして地域紛争をとりあげ、それらを国内の民族問題、国境を越える宗教勢力、そして国家間関係という3つの次元から分析した。
第1報告−近藤高史「カシミール問題における政治の『周辺化』−1987〜90年の印パ関係・域内政治との関連で」は、1947年の印パ分離独立時に印パ両国による領有権争いとして始まったカシミール紛争が、1987年〜90年の間にカシミール住民の不満の高まりを基礎に、インド支配地域における反政府運動という新たな局面に入ったことを指摘した。これに対し、インドの中央政府およびジャンムー・カシミール州政府は、武力弾圧という手段で対抗した結果、カシミール住民の政治的な閉塞感と印パ両国の武力依存の増大が顕著になった。それは紛争の政治的解決をますます遠ざける「政治の周辺化」である。
第2報告−小林朝美「中国外交における民族問題−国籍か民族か」は、中国外交における民族問題の取り扱いを分析したものである。すなわち、華僑・華人問題(主として漢民族)と少数民族問題に対して、中国政府は問題に応じて、国籍(公民)概念と民族概念を使い分けてきたことを指摘し、こうした使い分けの背後には中国の国益、すなわち、安全保障、国民統合、それに経済利益への配慮があると結論した。
報告3−川島緑「南部フィリピンの紛争―1990年代以降における社会・国家・国際レベルの活動の関連性−」は、1996年にフィリピン政府とモロ解放戦線(MNLF)との和平合意が締結され、その後も武力紛争が継続しているとはいえ、紛争の拡大を阻止し、政治的解決をめざす運動がフィリピン社会に根付き、力を増しつつあることを指摘し、社会・国家・国際社会の各レベル間の活動が相互に刺激し合って解決の方向に向かっている点を強調した。
これらの報告に対し小島麗逸、金子芳樹両コメンテーターは、それぞれのケースで国家のアイデンティティーの問題をどのように捉えるか、またイスラーム化の位置づけ、紛争当事者内部の分裂や相違点などに関し、さらなる分析が欲しいと指摘した。フロア−からはさらに詳細な質問が主としてイスラーム勢力に関して出され、活発な議論が交わされた。
共通テーマとの関係では、フィリピンの例が多少の希望を与えるが、全体としては紛争を扱ったセッションであるので、アジアの地域協力の前に国民国家自体の問題点が浮き彫りにされることになった。
分科会4 「日米中関係の30年の総括」 丸山伸郎(拓殖大学)
1972年、米中関係改善、日中国交回復が実現したが、以来今日までの30年間の日中、米中、中米関係について総括しようというのが、本分科会のテーマであった。それぞれ3名の専門家が米中、日米、日中の3者関係について報告をおこなった。
湯浅成大会員(東京女子大)は米中関係について、ケネデイ時代から今日のブッシュ政権までの歩みを分析した。特にポスト・チャイナカード時代、クリントン政権はエンゲージ政策をとり、安全保障上では中国はグローバルな脅威ではないとの立場をとり、重点はむしろ経済関係の強化においた。これに対しブッシュ政権は安全保障上、中国を潜在的なライバルとみなし、警戒し、経済面では関係強化を望むというTwo
Track アプローチをとっている。米国の対中政策はまだ試行錯誤の段階にあるという。
村田晃嗣会員(同志社大)は同じく米国の対中、対日関係の変遷を中心に報告した。特に現ブッシュ政権の対中姿勢について、対中強硬論を主張するブルーチームの台頭を指摘し、米国の対中関係はそれほど改善されておらず、対中警戒心は根強いと述べた。
杉田俊明会員(甲南大)は日中ビジネス関係の最近の動きを中心に報告した。とくに中国が「世界の工場」となり、日本の製造業を引きつけている現状、さらに海而公司の三洋電機と組んだ日本への進出を中国企業の大きな変化として位置づけた。
コメンテータとして高木誠一郎会員(防衛研究所)と服部健治会員(愛知大)とが行った。高木氏は湯浅氏の対中政策の評価に関し若干の異見を述べ、村田会員については、米国が対中関係を扱う上での日本との関係処理のあり方について意見を述べた。服部氏は中国の近年の発展についてはむしろ問題もまた多いことを強調、とくに海而公司について過大評価のきらいがあるとの指摘をおこなった。
全体として各報告者の専門流域に議論が集中し、座長の期待した流域まで話題が行き渡らなかったといえる。しかし米中日関係という大きな問題を短時間にすべて満遍なく語り尽くすということもまた不可能に近い。その他フロアーから多数の質問、意見が出たが、残念ながらここでは紹介する余裕がなかったことをお詫びしたい。
分科会5 “Rising China and Regionalism in East
Asia” 添谷芳秀(慶應義塾大学)
近年中国の経済的台頭を軸とする地域主義の議論が盛んである。本分科会は、ややもすれば政治的時流に流されやすい言説に、経済学および地域研究の立場から、学問的な視座を提供することに成功した。
杜進会員(拓殖大学)は、中国のマクロ経済政策を全般的に取り上げ(為替政策、金融政策、資本政策)、その地域協力の面からの潜在性と内在するジレンマに関して、均衡の取れた包括的考察を披露した。続く仲居良文会員(アジア経済研究所)は、中国の東北部と南部をそれぞれ別個に北東アジアと東南アジアに足がかりを持つ参画者として捉える斬新的なモデルを提示し、アジアの地域主義の実態に迫った。海外から招聘したDavid
Zweig教授(香港科技大学)は、中国の「国際化」が、改革開放政策によって恩恵を受ける地方のアクターが、中央政府に対して一層の規制緩和と開放を求めつつ、外の世界との間に
”channels of global transactions” を急速に切り開いていることの結果であることを、論理的かつ実証的に示した。
以上の報告に共通していたのは、中国を単一アクターとしては捉えずに、その国家、社会、政策決定構造を多元的に理解し、そうした多元的存在としての中国に対する視角が、中国と地域主義をみる際の基点となっていたことであった。深川由紀子会員(青山学院大学)、および鄭永年教授(シンガポール国立大学)のコメント、および会場との質疑応答は、その多元性に対する視点の重要性を再確認させた。
とりわけ、アジア経済危機後の中国が元の切り下げ圧力に懸命に耐えたという通説に関して、その従来の政治的論理を主張する鄭永年教授と、切り下げは香港ドルの暴落を引き起こしかねなかったという中国にとってのジレンマを指摘した杜進会員と間の相違は、中国経済の台頭とその地域との融合が進展するなかで、問題に対する多元的アプローチが不可欠であることを改めて浮き彫りしたように思う。
共通論題(10月17日)
共通論題報告「アジアの発展と地域統合の可能性―アジア共同体を展望する−」
座長:西澤信善(神戸大学)
本大会では、共通論題と各分科会の報告を結びつけるという新たな試みがなされたこともあり、企画立案者の石原享一理事の方から趣旨説明があった。アジアでもEUのような広域統合が可能かどうかを探るのが共通論題に課された課題である。アジアはヨーロッパと違って、地域間格差が大きいこと、輸出志向的であること、戦争の後遺症があること、アメリカのプレゼンスが大きいことなどにより広域統合が必ずしも容易ではない。しかしながら、アジアが共同体として一つにまとまる意義は決して小さくない。そしてこの共通論題では、統合化の条件が所得格差、安全保障、経済文化摩擦、広域経済圏などの面から検討された。以下、報告の要旨と若干のコメントである。
1 池本幸生(東京大学)報告 「グローバル化と所得格差」
各国は経済発展の程度においてそれぞれ違っている。しかし、違いは統合の障害ではなく、むしろ違いがあるからこそ統合する意義がある。各国が国を開き、統合を推し進めるためにはグローバル化は避けられない。遅れたところに手を差し伸べ、介入することを否定しているのではない。しかし、往々にしてグローバル化は不適切な介入を招き、所得格差を拡げる負の側面をもつ。貧困対策の名目で自由や多様性が失われる問題も生じている。先進国の一方的な思い込みや解釈によるグローバル化が問題である。なぜこのようなことが起こるのか。それは貧困の捉え方に問題があるからである。貧困の内容を具体的に検討し、民主主義が保障され援助される側の声が反映されればこのような間違いは避けれると主張する。
2 浅野亮(姫路独協大学)報告 「資源・環境問題と安全保障」
本報告は、資源、環境、安全保障の三つの観点、とりわけ軍事安全保障に重点を置きながらアジアの地域統合を分析したものである。従来、地域統合といえば経済面からの分析が主であるが、新しい視点からのユニークなアプローチである。報告者は、アジアでは軍事安全保障が誘因となって地域統合が進められる可能性は小さいが、資源や環境は公共財的な性格を有しているがゆえに統合を推し進める誘因となりうると指摘する。地域統合といえば経済的メリットのみが強調されがちであるが、新しい論点を出したといえる。
本報告は
3 園田茂人(中央大学)報告 「経済交流の発展と文化摩擦」
報告者の問題意識は、「1974年田中首相が東南アジアを訪問した際、激しい反日暴動が起こったが、1985年以降、プラザ合意によって円高が進み日本企業のプレゼンスがはるかに高まったにもかかわらず何故かつてのような反日運動が起こらないのであるか」というものである。結論として日系企業がアジア化=適応とアジア諸地域の日本化=適用を通じて現地に受け入れられてきたこと、すなわち企業努力が大きいと指摘する。報告者が行った従業員の意識調査は文化摩擦を考える上で興味深いものである。ただ、反日運動が暴力的な形態を取らなくなったということは熾烈なイデオロギー対立が影を潜めていった要因も無視できないであろう。
4 照彦(国学院大学)報告 「広域経済圏と地域統合の可能性」
本報告は、「広域経済圏」、「地域統合」、「アジア」、「可能性」の四つのターミノロジーをキーワードにしてアクションプログラム(戦略・政策)、地域共通の理念・哲理(アジア価値)を論じたものである。報告者はすでに地域協力として具体化しているASEAN、中華圏構想、日中韓トリプル協力のモメントのレビューを通じて、地域協力の論理と経験(レッスン)をサーベイする。報告者が言うように本報告は問題提起が目的であり、明確な結論はだしていないが、今後、アジアが地域統合に向かう上で示唆に富むものである。
総評
本共通論題は、EUのような共同体がアジアでも可能かということをテーマに取り上げたものであるが、ジャーナリズムでもしばしば報道され一般の人たちも含め多くの研究者や政府関係者の関心を集めているものである。その意味で、時機を得たテーマ設定であるといえよう。しかしながら、フロアーからの質問にみられたように、どのような共同体を目指すのか、あるいは地域統合と地域協力の違いについて質問がでるなど基本的なところで十分なコンセンサスをみていない。今、アジアではすでにアセアン自由貿易地域(AFTA)構想が進展中であり、また、アセアンと中国との間で自由貿易協定(FTA)がすでに締結され、さらに日本、中国、韓国を巻き込んだASEAN+3のFTA構想が浮上してきている。石原理事が引用した森嶋通夫の「建設共同体」が現実味を帯びてきている。現実の世界では共同体に向けての動きがすでに始動しており、この点に関しては現実の世界のほうが学界よりも一歩先んじている。むしろ学界が、本アジア政経学会が世論をリードするメッセージを発信していく必要があろう。
共通論題 アジアの発展と地域統合の可能性−アジア共同体を展望する(午後の部)
滝口太郎(東京女子大学)
午前の4名の報告者による共通論題報告に引き続いて、「アジア地域共同体の構築は果たして可能か」との問題意識の下で、前日の5つの分科会の各座長からの問題提起と参加者全員による総合討論が行われた。
分科会座長からの問題提起とは、従来の大会では共通論題の討論と分科会における討論が有機的に連携していなかったことに着目し、この連携を試みることを目的としたものである。共通論題報告では、「所得格差」、「安全保障」、「経済文化摩擦」、「広域経済圏」の各分野からアジア共同体構築の可能性を検討したが、これはいわばマクロな視点に立った分析によるものであった。それに対し、分科会における報告・議論は、よりミクロな地域研究の視点に立ったものであり、「教育」、「地域社会」、「民族・宗教対立」、「アジア地域主義」、「日米中関係」の各分科会における討論内容と、その結果浮かび上がった問題点が報告された。
押川文子座長(教育)からは、従来、国家建設の課題として考えられてきた教育が、グローバル化、IT化の中の英語教育などにみられるように、他のナショナルとの融合に寄与する半面、かえって脱国家化、階層化の進展に影響を与える結果となっていること、同時にこのためナショナリズム教育などの国民教育の再編が必要とされていることが指摘された。
北原淳座長(地域社会)からは、開発・工業化にともなって、かつて不連続だった都市と農村がつながり、従来の都市・農村という2分法モデルを再考すべきであることが指摘された。工業化(グローバリゼーション)による変化は、内的条件(労働移動、労働市場の形態)、外的条件(外資の進出方法)によって異なっており、これが地域全体とのつながりに影響を与えているとしている。
広瀬崇子座長(民族・宗教対立)は、地域協力を阻んでいる最大のものが民族・宗教対立であり、「認識の共同体」への道は遠いとした。フィリピンなどは地域機構(ASEAN)やNGOとの協力で紛争解決に取り組んでいるものの、他の多くの地域では国民国家の枠組みの中での押さえ込みに重点が置かれている状況が報告された。
添谷芳秀座長(アジア地域主義)からは、中国の台頭と東アジア地域主義を検討する中で、中国は国家として機能するだけでなく、むしろ地方政府のようなローカルな行為体が、国家を超えて地域協力へ向かう事例が紹介された。ここには、地域統合の構成員がすでに国家に限定されなくなっている現状が現れている。
丸山伸郎座長(日米中関係)は、「アジア地域共同体」に討議の重点を置いたわけではなかったものの、日中、米中の経済関係の進展、日米中トライアングルの構図、米国の対アジア政策の性格について報告、討論が行われたことを報告した。ここからは、アジアに大きな影響力を持つ米国の姿が浮かび上がってくる。
総合討論では、まず末廣昭座長から討論のたたき台として、アジア地域共同体を「国家」、「市場」、「共同体」の3側面からとらえることが提案された。背景にはグローバル化(アメリカナイゼーション)があり、国家は強制やルール、市場は価格などのメカニズム、共同体は信頼・合意の形成を司るとするものである。これに対し、グローバリゼーションの評価、米国の役割、国民統合のあり方、またルールを作るものは誰かなどについての討議がなされた。さらに説得力ある意見として、平野健一郎会員より、アジアをとらえるレベルを、ローカル、ナショナル、リージョナル、グローバルの4レベルに分けて考察することが提案された。この枠組みで考えると、反グローバリズムの運動などで個人を守るものがローカル・レベルであるとした場合、従来、地域統合が必要であるとされたのはなぜか(単に安全保障上の理由か)という疑問点も出てくる。
最後に共通論題報告者より、討論を経た上で、各分野の今後の研究のポイントが述べられた。「広域経済圏」の分野では、地域統合には各国を結びつける要因が必要となること、地域統合への地方政府の参加という現象に注目すべきことが指摘された。「経済文化摩擦」の分野では、日本企業だけでなく、欧米企業の実態に対する調査が必要であることが認識された。「安全保障」の分野では、国民形成の場合と同様に、「アジア」という地域も未形成であること、東アジア安保には米国のヘゲモニーが大きく関わることが強調された。「所得格差」の分野では、貧困を理由としてルール(グローバリゼーション)が強制され、それがさらに貧困を拡大させるという状況が起こっているために、「地域統合で地域を守る」という考えを単純に肯定することはできないとの見解が示された。
アジア地域共同体の構築は、困難が多く、また形態によっては必ずしも構築が是とされるわけではない。しかし、重層的な形で個人を守るシステムを作ること、共同体構築の合意形成の仕方を模索することが今後も必要とされよう。
<新入会員自己紹介>
ご挨拶 松尾昌宏(桜美林大学 国際学部)
このたびは「アジア政経学会」への御入会をお認め頂きまして、誠にありがとうございます。先日、神戸大学で行われました大会に初めて参加し、大変興味を持って有意義な時間を過ごせましたことを嬉しく思いますと同時に、もっと早く気付いて入会しておけばよかったと、かなり後悔しております。ともかく同じ職場の佐藤考一先生、お誘い頂きまして、どうもありがとうございました。
私自身は経済学をバックグラウンドとし、桜美林大学では「経済開発論」「アジアの経済」その他科目を担当しております。専門分野は経済、産業の発展と技術形成、移転、およびこれに関わる産業の都市集積といった問題です。2001年には多賀出版より『産業集積と経済発展』という著書を出版致しました。ご購入頂きました方々、お買い上げ、誠にありがとうございます。
いずれ機会がございましたら、また報告させて頂きたく存じます。ともかく、これからどうぞよろしくお願い致します。
ご挨拶 三品英憲(東京都立大学大学院)
私は、新しく本会に入会しました三品英憲(みしなひでのり)です。現在(2002年度)、東京都立大学大学院博士課程に在籍し、また宇都宮大学にて非常勤講師をしています。専門分野は、近現代(20世紀前半)の中国農村経済史です。既発表の論文では、小経営における農業と手工業との関係を軸として、19世紀末に鉄道が敷設されて以降、日中戦争が始まるまでの時期における華北農村経済の変遷を跡付けました。近年は、そうした検討によって得られた知見を踏まえ、戦後内戦期における中国共産党の土地改革(特に華北平原における)の研究にも取り組んでいます。
こうした歴史的なアプローチを基礎として、現代中国をさらに幅広く理解していきたいと考え、本会に入会いたしました。よろしくお願い致します。
ご挨拶 鄭 浩瀾(慶応大学政策・メディア研究科)
私は鄭浩瀾と申します。中国からの留学生です。慶応大学政策。メディア研究科の小島朋之研究室に所属しています。博士課程1年生です。
現在、私は中国農村政治を研究しています。研究テーマは「現代中国農村における基層政権変動の政治過程:1978-1985」です。具体的には、現代中国農村における郷村制は如何に編成され、そして農村社会に定着していたのか、ということを解明したいです。主に政治過程の実態分析を行いたいです。
アジア政経学会は非常に有名な学会であり、アジア政経学会の皆さんに教えていただきたいと思います。今後、自分の研究成果をアジア政経学会で発表させていただければありがたいと思っています。
よろしくお願い致します。
中国外交史研究 川島 真(北海道大学法学研究科)
清末から1950年代までの中国外交史を細々と研究しています。研究の特徴は、第一に中国や台湾で既公開の外交档案(外交文書)を使用して同時代史的な視点を受け止めること、第二に特に中華民国前期(北京政府期)についてその不平等条約改正への努力など、従来の国民党・共産党史観の下で削り取られた史実をあらためて確認し、政治的に形成された外交史のディスコースを脱構築すること、第三に従来「軍閥」「分裂」などの下に語られてきた清末・民国期について、外交の側面での中央と地方の関係性を、統一・分裂の二分法でなく、実証的に解明すること、第四に清代における「中国的な外交」のありようが「近代性」や「文明国化」を志向した民国期に如何に変容していくのかという点を解明し、中国外交史の通史的理解に務めること、第五に戦後台湾も含めた中華民国外交史という通史「も」想定することなどといったところでしょうか。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
ご挨拶 泉川泰博(宮崎国際大学)
私の専門分野は、北東アジア安全保障、米国外交、及び国際関係論です。2002年の1月に米国ジョージタウン大学の政治学博士課程を終了後、現職に着任し、国際関係論、米国政治・外交、その他政治学関係の授業を担当しております。小さいながら、80%の教員が外国人で授業も全て英語で行うというユニークな環境で仕事ができ、日本における大学教育の意義を考えさせられることも多い毎日です。
私は、日本の大学を卒業後一旦就職した後に、米国の大学院へ留学したため、日本の学界・研究についてまだまだ学ぶことばかりです。今後、できるだけ学会などに参加して、日本におけるアジア研究の現状を学び、学会に対して積極的に貢献できるようになりたいと存じます。上記の専門研究はもとより、地域研究と理論的研究の融合にも興味を持っておりますので、ご興味のある方是非ご連絡・ご指導ください。
ご挨拶 峰 毅(三井化学)
社会人ですが宜しくお願い致します。中国が市場経済へスタートを切って間もない94‐99年に北京に駐在しました。そこで移行期にある中国経済の諸々の状況を見聞しました。中国化学工業に関する研究は、鉄鋼や自動車に比べて数が少ないようですので、世界の化学工業とは異なる中国化学工業の歴史的な発展過程を最初の論文テーマに考えております。自力更正の下で閉鎖された毛沢東時代の化学工業が、改革開放のなかでどのように変貌して市場経済への道を歩んでいるのかを焦点に分析するつもりです。会社生活では海外畑を歩みました。米国と中国で海外生活を経験し、輸出、海外投資、海外合弁会社管理に係りました。従って通商問題は大きな関心分野です。又、化学工業は世の中に役立つ便利な物質を作ってきたつもりですが、近年は化学物質のネガティブな面が市民社会から批判されています。それで環境問題にも関心を持っています。中国化学工業に次いでは、中国の通商問題、環境問題に取組みたいと思っております。
ご挨拶 張 維納(亜細亜大学経済学研究科博士後期課程)
中国は森林資源に乏しい国であるゆえに、水不足や砂漠化が深刻化しつつ、洪水や旱魃なども頻発しており、急速に発展してきた経済の行方に影を落としている。しかし、中国は古くから森林資源の少ない国ではなく、人口増加とともに減少してきたのである。ところが、1949年から中国の人口が急増したにもかかわらず、森林の被覆率は有史以来はじめて上昇したのである。なぜ人口の増加が森林資源の減少をもたらさなかったのか。その原因を探り出すため、中国における森林政策がどのように展開されてきたかを研究している。また、中国は今後も経済発展を続けていくために、いかなる政策を用いて森林の生態効用と経済効用とをバランスよく発揮させるのか。21世紀の中国にとってあるべき姿の森林政策を構築していきたい。
ご挨拶 大澤武司(中央大学大学院法学研究科政治学専攻士後期課程)
中央大学大学院法学研究科政治学専攻博士後期課程に在籍している大澤武司と申します。現在は李廷江教授の下で近現代日中関係史に関する研究を進めております。
具体的なテーマとしては,国交不在であった1950年代の日中関係において,在華日本人(日本人「戦犯」を含む)がいかなる外交交渉を経て帰国したのかという問題について研究を行なっております。これらの外交交渉はいわゆる「積み上げ」と呼ばれた民間外交の枠組みで実施されたものですが,この民間外交によって日中間の実質的な「戦後処理」が行なわれたという視角に基づいてこれらの民間外交に評価を行なっていこうと考えております。
学会でのご報告の機会などを頂き,皆様のご指導,ご鞭撻を頂戴したいと考えております。
アジア研究とアメリカの国際関係研究 伊藤剛(明治大学政治経済学部)
明治大学政治経済学部で国際政治学を専攻しております伊藤剛と申します。私は元来、アジア太平洋地域の外交政策の実証分析を、国際政治理論の枠組を通して検証することに興味をもってきました。最近出版した『同盟の認識と現実―デタント期の日米中トライアングル』(有信堂)とAlliance
in Anxiety: Détente and the Sino-American-Japanese Triangle (Routledge)が、主要業績です。これらは、60年代末〜70年代初頭における米国の対アジア政策の変化が日米関係にどのような影響を与えたかに関して、検証を試みたものです。
次の課題としては、少し腰を落ちつけて、米中関係の勉強をしようと考えています。1998年に米国の留学から帰ってきて以来、私の関心は、大上段に振りかざした理論研究でなく、それらを地域の国際関係研究にどうやって活かすかということに向かっています。アジア地域に憧憬の深い本学会の先生方のご教示を賜ることができれば幸甚です。
ご挨拶 張 暁玲(神戸商科大学大学院経済研究科博士後期課程)
中国の国家財政の研究をしております。
博士課程では特に中央と地方の財政関係の視点からこれからの財政改革について研究を深化させていくつもりです。これから学会活動に積極的に参加して研究のレベルアップが果たせばと願っております。
ご挨拶 萩原弘子(神戸商科大学商経学部)
このたび学会に入会しました県立神戸商科大学商経学部の萩原弘子です。専攻は、経済発展論です。経済発展の理論的分析と日本および東アジア諸国の経済発展に関する実証的研究を行っています。特に、最近は、金融システムと経済発展、国際金融システムと経済発展というテーマに取り組んでいます。
アジア政経学会は、多様なバックグラウンドを持った研究者を会員としていますので、今後、会員の方々との交流を深め、研究の幅を広げていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
ご挨拶 興津正信(大東文化大学大学院アジア地域研究科博士課程)
学部時代より関心を抱いていた「中国の環境問題」について研究を行っていますが、博士課程での研究では、特に水問題の分野に焦点をあて、水質汚濁と水不足が中国の経済成長にどれだけの制約を与えるのかという点を考察しています。中国の環境問題は今日、世界的にも注目されている問題であります。そのなかでも良質な水資源をどれだけ確保できるかという問題は、環境・経済・エネルギーの三者を取り巻く戦略の中で、重要課題になっています。そういった部分に研究価値をおき、今後取り組んでいきます。
学会活動には、まだ何も関わっておりませんが、多くの研究者と交流を深め、よりよい研究価値を創造すべく議論を重ねていきたいと思っております。
今後ともよろしくお願い致します。
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